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最近、オニールとともに、Jロックにハマっている。
老舗のラルクから解散しちゃった毛皮のマリーズまで、私のipodはガチャガチャと騒々しい音で溢れて来ている。
昨日まで、ちあきなおみが入ってたのにね。
N夙川ボーイズというバンドを知り、いいなと思い借りに行く。
そこでハヌマーンという関西のバンドのCDが目につくところに並んでいた。
聴いてみると、ボーカルの声がいい、耳をつんざく音も好きだ。
負け組ニートの愚痴のような歌詞。歌詞に定評があるそうだ。
『アナーキーインザ1K』って、うほっ!このブログのタイトルじゃんけ!
タイムリー!
で、ちょいと調べてみると、なんと活動休止しているというではないか!
え~!!もう終わったの?あなたたち…
しかも、休止の理由が、ボーカルの結婚詐欺って…(真偽はわからないそうですが)
ちょっと!何したの!?結婚詐欺って、クヒオ大佐や鳥取の結婚詐欺女がやってたやつ?
不謹慎だが面白すぎるぜ!
バンドマンが早寝早起きの努力家だったり、最近キャバ嬢っぽくなって昔の美少年オーラが消えてしまったハイド様が奥様一筋のいいパパそうだったりする中で、たまにはこんなバンドマンがいても面白いじゃねえか。
あ、玉置先生がいらっしゃった…
実際こういう人間は手に負えなくて、被害にあった方はとても苦しいだろうことはわかっているけど、他人事だったら最高におもしれえなぁ。
というわけで、昨日から我が六畳一間にはハヌマーンが鳴り響いているのである。
- 2011/11/04(金) 10:28:12|
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ユージン・オニールにハマっている。
というより、オニール劇の感情の激流に飲み込まれ、その興奮から抜け出せずにいる。
図書館に行って、ありったけのオニール戯曲を借りてきた。
未読のものを中心に読み返そうと思う。
『夜への長い旅路』は、オニールの自伝的戯曲と言われている。
オニール自身をモデルにした弟には兄と父と母がいる。
成功した俳優だが、吝嗇で財を増やす父。
アル中のプー太郎の兄。
モルヒネ中毒の母。
結核で命に絶望している弟。
そんな一家の、朝から夜への一日の物語である。
劇中、私がもっとも心奪われたのは、母がモルヒネをやっていることを知った家族が、絶望的な目で母を見る場面である。
その時母は言う。
「どうして私を見るの?見ないで」
弟を生んだ時の医師のずさんな薬の処方のせいで、モルヒネ中毒になった母。
不勉強だが、シャブ中みたいなものだろうと想像する。
入院し治ったはずであるが、どうも様子がおかしい。
隠れてモルヒネを購入し打っているようである。
家族は信じようとするが、母の言動はおかしくなり、モルヒネを打ったことを否定できないような状況になる。
家族のために、もうモルヒネは打たないと誓ったはずの母が、子供っぽい嘘までついて薬を買いに行っていたのだ。
母、という神様のように絶対的な愛で家族を包むはずの人が、裏切るという衝撃。
子供の頃の似たような衝撃を思い出した。
誰しも、母のやさしい笑顔が、一瞬崩れて真顔になった瞬間を垣間見たことがあるだろう。
「私は、あなたを生む気ではなかった」
「私は、お父さんとは違う人が好きなの」
「お母さんがこの家にいなくてはいけないのはあなたがいるからなのよ」
(注。私の母が言った事じゃありません)
母が胸の中に押し殺してきた気持ちを口から滑らせてしまった時。
母は、そのあとすぐに取り繕った笑顔で忘れてしまうだろうが、子供はその時に悟ってしまう。
ああ、母は万能で慈愛に満ちた母親ではない。
得体のしれない感情を抱きながら、母親の仮面をかぶって必死に演じている、一個の女なのだと。
『夜への長い旅路』を読みながら、少女のある日、悟ったことを思い出した。
『夜への長い旅路』は、オニール劇特有の、暴風雨のような愛情と憎しみが吹き荒れている。
頬を一撃するような愛憎のやりとり。
読後もいつまでも心をかき乱す傑作劇である。
いつもながら、全くまとまらない文章だな。
- 2011/11/03(木) 13:02:11|
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かれこれ8年くらい前に、大竹しのぶの『喪服の似合うエレクトラ』を観て以来、私の心に刺さり続ける作家である。
また数年ぶりにオニールフィーバーが来た。
不勉強な私が読んできた中で、一番熱狂的で素晴らしい戯曲だ。
題名にエレクトラとあるように女の子の母殺しの話である。
名家の誇りと真っ黒い喪服で心を閉ざすラビニアは、不倫する母親を憎み、母親の愛人にゆがんだ欲望を持ち、マザコンの弟を利用して母親と愛人を殺す。
母親の亡き後、彼女は南の島に弟を引き連れて旅立つ。
南国の美しい男たちを前に、彼女は喪服を脱ぎ棄て、かつて嫌った母親のような美しい女に変貌する。
私は、ラビニアが大好きだ。
エレクトラコンプレックスという心理学用語ができてるくらいだ。
私のように、ラビニアに共感して彼女が好きだという女も多いのではないだろうか。
小さい頃から、20歳を超えても、私から見て母親は美しい「女」の部分を持っていた。(うちの母が美しいという意味じゃありませんよ!ふつうのおばちゃんです!)
子供の華奢な私にはない、豊かな二の腕、大きな胸、若い女には無い枯れかけの秋草のようないいにおいがするし、首筋の皺だって色っぽかった。
私に向けられたやさしい眼差しを、よその男の人が盗み見て母をさらってしまうのではないかと思っていた。
実際の母はふつうのおばちゃんであるし、父一筋の古き良き母親なのだが、私は時折、母親がよその男、しかも私好みの若い男に抱かれる想像して楽しんだ。
そして、母とその男をいかに追い込むかの計画に夢中になった。
大人になった私が鏡の中に母に見た「女」を見つけると、その「女」にうっとりしてしまう。
そして、男に抱かれたいと思う。
男に抱かれる時は、どこかで母が抱かれているような錯覚を起こしている。
こんなゆがんだ感情を自覚してきた人間にとってはこの戯曲は耐えられない。
ギリシャ悲劇のエレクトラも読んだけど、やはり私にとってはオニールのラビニアが一番である。
喪服を着たラビニアも、喪服を脱ぎ棄てて踊るラビニアも私の心の原風景のようだった。
ああ、久しぶりの熱狂。
- 2011/11/03(木) 03:55:03|
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以下、私の友人たちは読まないように!
結婚式経験者も読まないでください!
自分には全くご縁がないのに、結婚式に呼ばれることが多くなり、ご祝儀貧乏である。
まったく、誰が結婚式に金を包むなんて習慣を始めたのか。
子供手当を出す間に、低所得者に結婚式お呼ばれ手当てを出してほしいものだ。
そして、結婚できない人には40才になると国から全額返金してほしい。
結婚式に呼ばれるのはありがたいし、友達が結婚するのは嬉しい。というか、かなり羨ましい。
だけど、何度も呼ばれているうちに、日本の結婚式があんまりワンパターンなのであくびが出るのですわ。
結婚式というか、披露宴がね。
入場、同じようなポップミュージックの入場曲、あいさつ、新郎新婦のお色直し、馴れ初めビデオ、ケーキカット、両親への手紙…
ちょ、ちょっと待て!結婚式って高いんだよね?
新郎新婦の一生の節目の大切なイベントなんだよね?
いいの?そんな結婚業界の誰かが考えたありきたりの独創性のないつまんねーやつで。
私らしくは、ウエディングボードやドレスでこだわってんのかもしれませんが、どうしてそのイベントの内容はどこでもだれでも同じなんだろう?
いやいや、新郎新婦をけなしてるんじゃないですよ。
呼ばれたのにケチつけてるんじゃないですよ!
結婚業界が提示するプランがつまらないの。
もしかして、私が知らないだけで、独創的な結婚式ってあるのだろうか。
SA結婚式とか楽しそうだ。高速道路のSAで、SAメニューのフライドポテトとか焼きそばとかをみんなでツマミながらお祝いするのです。勿論、新郎新婦は車に乗って登場。みんなで風船やクラッカー鳴らして出迎えるのです。
仮装パーティーライブ結婚式なんか行ってみたい。
クルージングバーベキュー結婚式なんかもいいね。
『ゴッドファーザー』の結婚式みたいなのにもお呼ばれしてみたい。
ああ、どうせお祝いするんだったら、ひたすら営業笑顔と拍手で気使って料理食べるんじゃなくて、みんなでグデングデンに酔っぱらって、「○○ちゃん!おめでとう!」と空に向かって叫びまくるような、楽しい結婚式に行きたいな。
- 2011/11/01(火) 01:03:19|
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金がないので年中ジーパンとパーカーで過ごし、家ではずっとパジャマを着ている。
楽だし肌触りはそこそこいいし、洗濯機に放り込んで吊っておけばすぐに着られる手軽さがいい。
もう、カシミヤだの麻だの綿100だのは着られないね。
寒くなけりゃ、人間裸でもいいじゃねえかと思う。だって、動物だもん。
実は、夏は家では裸で過ごしている。
性器まるだしで、やりたいときやったら、愛だの結婚だの彼彼女だの面倒なこともいらないのにね。
まあ、そうしたら、人間の文化なんて無くなっちゃうんだけど。
そうは言いながらも生きていれば人前に出なければならず、いつものジーパンとパーカーで寝ぐせのついた頭を掻き掻き出没するわけにもいかないので、人並みに着るものを考える。
普段まともなものを着ないから、やたらと気合を入れてしまう。
そして入れすぎてしまう。
だって、「人並み」な恰好を考えて既製品を組み合わせてたら、つまんなくてですね。いや、私、パーカー人間なんでまったくオシャレじゃないんですよ。センス無くて、街を一緒に歩かないでくれと言われる(言われたことないけど)レベルの女です。
だけど、鏡の前であれやこれや身につけてみるって面白いじゃない!
上半身にバラの花のブローチを散りばめて遊びに行くと友人が絶句した。
カツラをかぶってバイトに行くと店長に脱がされた。
クリスマスパーティーに、ケーキのリボンを体に巻いていくと誰も目を合わせてくれなかった。
いいじゃないか!
一生懸命考えて、やってみたい恰好をしてみただけだよ。変なのは百も承知だよ。てか、変じゃなかったよ。それなりにいい感じに仕上がったんだから!
なんかねぇー、日本人、もうちょっと柔軟な恰好をしようよ~
そして、変な恰好をしている人を受け入れてあげようよ。
だって、出かけるときに、家じゅうにあるリボンやシールや布やを総動員して身を飾るって面白くないですか?
髪の毛ピンクだって、喪服の帽子かぶって出かけたって、靴下の色が左右違ったっていいじゃない!
昔、うちの黒犬の背中に色とりどりのシールを貼ってみると、黒地に水玉模様ができたみたいでとてもきれいだった。そのまま散歩に出て近所に見せびらかそうとすると、親が泣いて止めた。「気がふれたと思われるから」だって。
その後、うちの近所で、頭に大きなヒマワリの花をくっつけた犬をつれて散歩しているおじさんがいた。みんな奇異な目で見ていたが、柴犬にヒマワリがとても似合っていて可愛かった。
犬が嫌がらなきゃ、いいじゃんね。
と、ここまで書いて読み返すと、本当に頭が壊れた人に思われそうなのでここまでにしとこう。
眠いのです。
眠気で変なことを書いているだけです。許してください。
- 2011/11/01(火) 00:00:22|
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